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| RADATAP’s Profile |
2010年平成22年1月15日がデビューライブ。
出筆時点(2026/02)で16年1ヶ月10日(日数5885日)経過。
その前年辺りだったと思うが当初はAtsuko、中島、坪井と3人で始めたユニットだった。Fatsの一言「やっぱりこんな曲(Lovesick Blues/エタジェイムスバージョン)演るならバンドだよね」。
ベースに小町君(この時点で他バンドでは一緒だった)と山崎氏に加入していただく。ローラーコースターのリズムセクションである。RADATAPの名付け親は山崎氏。
都内ライブハウスで活動。関西〜東北ツアーも。各メンバーも他バンドへの参加等、積極的に活動。
コロナ渦以降は閉店したライブハウス等もあり、RADATAP自体の活動も減ってはいるが、RADATAPの名称を使わせていただきRADATAP Duoも活動中。
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Atsuko/Vocal MCで毒を吐くのも絶好調・・・幼少時代はその低音ボイスが劣等感だったそうだが、今ではそれが彼女の魅力でもある。 それを否定する小中学校の音楽授業とは?時代と言えば時代か。 坪井と出会ったのは忘れもしない2007年頃の東京中野ブライトブラウン。 2009塩次伸二氏のライブだった。 話してみれば塩次氏のライブ会場で同じ場所に居た事も多数。 意気投合し「いつかはバンドを」と・・・山崎氏を誘い、坪井は中島、小町を誘い2010年RADATAP結成。 塩次伸二氏繋がりで知合い出会った人達は東京にも京都にも。 その出会いがあった頃からこそ、後の京都〜大阪ライブにも繋がった。 |
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坪井 一夫/Guitar 1970年代、日本における大ブルースブームの時にWest Road B.B、妹尾隆一郎 & He’s Roller Coaster等に影響されブルースバンドを結成。1974年芝郵便貯金ホールでの第1回ブルースフェスティバル。ジ・エイシズとロックウッドの演奏を観たのが家宝となっている。 出会いとはおもしろ不思議なもので、小町と出会ったのは偶然と言ってもよいだろう。1980年代、某アルバイト先でたまたま出会った。 この出会いが無かったら今のRADATAPは無いかも知れない。 Atsukoとは故・塩次伸二氏を通して出会う。 |
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中島 成生/Keyboard 元々はフュージョン・ジャズ系のスタイルだが、見た目とは裏腹に演奏中のパフォーマンスはお客様に受ける。 某ライブハウスのグランドピアノの弦を切ったらしい。 キーボード破壊男。 他にもソウルバンド、昭和歌謡のバンド等、活動も忙しそうだ。 個人情報なので詳しくは書けないが、なかなかの経歴の持ち主である。 |
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小町 正明/Bass 第3期ローラーコースターのベーシストでもある。 元々はR&B系出身。ブルースベースでも頼りになる安定感。 80年代末くらいだろうか、大森のスタジオで練習中に「ローラーコースターに誘われちゃった」と一言。 驚いたのなんのって当時のバンドの出世頭だ。 70年代に坪井はローラーコースターに憧れてバンドを組んだくらいだ。 ローラーコースターのデビューアルバムを2枚買わされた記憶がある。 彼とは渋谷でよく酒を呑んだ。 今ではお互いそんなには呑んではいないが。 |
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山崎 よしき/Drums 妹尾隆一郎 & He’s Roller Coasterのドラマー&リーダーでもあり、RADATAPの名付け親。 70年代に初めてローラーコースターを観たのは高円寺ジロキチだった。ピアノに国分氏が参加していた頃だ。 それから40年近く経ってから、ご一緒できるとは・・・。 この17年の間には芸歴50年の山崎大先輩からは沢山教わった。 近年、他のバンドでもドラムを叩いているようだ。 |
All photos by Fujiyama




















